財政的幼児虐待という言葉をご存じでしょうか。
虐待と聞くと衝撃的ですが、今の日本の財政はまさに幼児虐待ともいえる状態にあります。
本記事では、財政的幼児虐待の実態や原因、懸念される問題やその対策について解説します。
財政的幼児虐待とは?
財政的幼児虐待とは、現在の世代が将来世代に社会保障費などの財政負担を押しつけることです。
現在の社会保障費の多くは公債、つまり借金で賄われています。
その借金の負担の重さは各世代で均一ではありません。
高齢世代ほど負担が軽く、若い世代やこれから生まれてくる将来世代ほど負担が重くなるという世代間格差が存在します。
将来世代は、現在の世代が作った借金の重い負担を、生まれた瞬間から背負わされているのです。
このような状態を、一部の社会経済学者が財政的幼児虐待と呼んでいます。
世代間格差の実態
財政負担の世代間格差を表す際によく使われる手法が世代会計です。
世代会計とは、「国民が生涯を通じて、政府に対してどれだけの負担をし、政府からどれだけの受益を得るか」を世代ごとに推計したものです。
負担や受益とは、具体的には次のようなものです。
負担 | ・税金 ・保険料 |
受益 | ・公的年金給付 ・医療費や介護費の給付 ・警察や消防などの公共サービス ・道路などのインフラ |
世代会計では、負担から受益を差し引いた「生涯純負担」という指標を使います。
公益財団法人中部圏社会経済研究の推計によると、現状の財政構造や消費税率が今後も維持された場合の世代会計は次の通りです。
70歳代以上の世代では生涯純負担額がマイナスです。
これは、負担より社会保障給付などで得られる受益の方が大きいことを意味します。
65歳代より下の世代では、年齢が下がるほど負担額が大きくなります。
そして、これから生まれる将来世代の負担額は9,398万円に上ると推計されています。
将来世代は、生涯の総所得額に対して70.4%もの純負担を背負わされているのです。
世代間格差の原因
財政負担の世代間格差の原因は、高齢化による社会保障費の増加です。
日本は他に類を見ない超高齢社会に突入しており、今や国民の約3.5人に1人が65歳以上の高齢者です。
高齢者の増加に伴い、年金や介護費、医療費といった高齢者向けの給付が増加しました。
2021年度の財政構造を1990年度と比較すると、歳出では社会保障費と国債費が大きく伸びていることがわかります。(図1)
社会保障費とは、年金給付や介護費、医療費給付などです。
国債費とは、国債の償還に関わる費用、つまり国の借金返済に充てられる費用です。
増加した社会保障費や国債費を賄うために公債金(つまり借金)も増加しており、この借金の負担が若い世代や将来世代に先送りされていることで、財政負担の世代間格差が生じているのです。
世代間格差の背景に潜むシルバー民主主義
世代間格差が解消されない要因の一つに「シルバー民主主義」があるとも言われています。
シルバー民主主義とは、有権者に占める高齢者人口の割合の増加によって、若い世代と比較して高齢世代の政治的影響力が増大した状態を指します。
例えば、イギリスのEU離脱や日本の大阪都構想否決の背景には、シルバー民主主義の影響があったとされています。
超高齢社会の日本で政治家が目先の選挙に勝つには、高齢者の利益となる政策を掲げた方が効果的です。
そのような、高齢者優遇となる政策を政治力が強い高齢者層が指示することで財政負担は先送りされ、将来世代の負担増加につながっているとも言われています。
財政的幼児虐待で懸念される問題
世代間格差による財政的幼児虐待の状態がこのまま続くと、次のような問題に発展することが懸念されます。
- 社会保障制度の崩壊
- 財政破綻
社会保障制度の崩壊
現在も高齢化は進行しており、2022年には団塊の世代が後期高齢者となる75歳に到達します。
これにより2025年までに後期高齢者の人口が急増します。(図2)
高齢者の医療費や介護費は後期高齢者になると急上昇する傾向があることから、今後も社会保障費の増加は抑えられません。(図3)
しかし、前述したとおり将来世代の生涯純負担額の推計は9,398万円(生涯純負担率70.4%)にものぼり、現実的に将来世代がこれだけの負担に耐えるのは不可能です。
生涯総所得額の7割もの税負担を強いられては、将来世代の生活が成り立ちません。
つまり、今後増加する社会保障費を従来のように将来世帯に負担させ続けることはできないのです。
このままでは、増加する社会保障費の財源が賄えず、社会保障制度を維持できなくなる懸念があります。
財政破綻
現在の状態がこのまま続けば、最悪の場合我が国の財政が破綻するのではないかと懸念する専門家もいます。
財政破綻とは、国が債務不履行(デフォルト)に至ることをいいます。簡単に言うと、国が借金を返せなくなり踏み倒すことです。
財政が破綻すると、急激なインフレにより国民の資産価値が激減したり、資金不足により行政サービスが適切に提供されなくなったりするなど、国民の生活に大きな影響がでます。
国内の財政的幼児虐待への対策は?
世代間格差の解消のためには、将来世代への負担先送りを低減して現役世代による負担を増やす必要があります。
そのために政府は、「社会保障と税の一体改革」に取り組んでいます。
「社会保障と税の一体改革」は将来世代への負担先送りの低減と、社会保障の充実、安定化を同時に実現することを目指した施策であり、その具体的な手段が消費税の増税です。
日本の消費税は2014年4月に8%に、そして2019年10月には10%へと段階的に引き上げられました。
これにより消費税の税収は10.6兆円(2013年)から21.7兆円(2020年)に増えました。
消費税増税によって増えた税収分は、全て社会保障費に充てられています。
※消費税の収入は社会保障施策の経費に充てることが消費税法によって定められています
増加する社会保障費を公債(借金)ではなく現役世代の税負担で賄うことで、将来世代への負担先送りを低減する効果が期待できます。
海外の財政的幼児虐待への取り組み
少子高齢化により財政が悪化しているのは日本だけではありません。
世界の主要国でも少子高齢化による社会保障費の増加という課題を抱えています。
ここからは、海外における財政的幼児虐待の改善の事例を2つ紹介します。
カナダ:クローバック制度の導入による年金改革
カナダでは、高齢化による年金財政不安に対応するため1980年代後半以降、年金制度の改革が相次いで行われてきました。
その改革の中でも特に重要とされるのが1989年に導入されたクローバック制度です。
クローバック制度は、高所得の年金受給者に対する年金給付を減額し、財政負担を低減する制度です。
具体的には基礎年金給付を含む所得が年間で5万ドルを超える年金受給者に対して、所得申告の際に基礎年金給付の一部もしくは全額を政府に戻すよう定めています。
クローバック制度の導入により、カナダ連邦政府は高所得者から税金を取り戻し(claw back)、将来世代への財政負担の先送りを低減しました。
スウェーデン:見なし掛金建て方式
スウェーデンでは、年金の見なし掛金建て方式を考案し、世代間格差を解消しています。
見なし掛金建て方式とは、次のような仕組みです。
- 年金の掛金(年金保険料)は積み立てずに年金受給者への給付にまわされる
- その一方で、掛金を拠出した年金加入者の年金口座にも掛金額がみなし運用利回り付きで記録される
- 過去の拠出額と年金受給開始年齢(61〜70歳の間で受給者が選択)に基づき、年々の給付額を決める
見なし掛金建て方式では、拠出した掛金と給付される年金は1対1でひも付きます。
拠出した掛金が給付という形で必ず返ってくるこの仕組みにより、世代間の格差を解消し、若年層の年金離れを食い止めることに成功しています。
まとめ
財政的幼児虐待とも呼ばれる財政負担の世代間格差を解消するには、まず私たち国民一人ひとりが世代間格差の実態を正しく認識することが重要です。
これから生まれてくる将来世代に重い負担を押しつけている事実を受け止め、今後の政策の選択に生かしていかなくてはなりません。
財政的幼児虐待の解消には、現役世代の痛みが伴います。
それでも、将来世代へ負担を先送りしないという選択をすることが必要です。
その選択が、社会保障制度の維持や財政破綻への回避にもつながるのです。
財政的幼児虐待の問題だけでなく、その他の社会問題について詳しく知りたい方は【最新版】日本が抱えている社会問題(社会課題)とは?の記事を是非読んでみてください。
これらの社会問題の解決に向けたヒントや取り組み、この記事で紹介されていない国内における問題などがあれば、当サイトの提案フォーラムに投稿してみてください。
最初は少数な提案意見でも、みんなの声が集まれば、大きな声として社会に届くかもしれません。